受け取った支えを、次の誰かへ。Married Life 井野上純子さんが婚活支援でつなぐ「恩送り」

大家族の中で育ち、介護や家族との別れ、夫との出会いを通して「人に支えられること」の大きさを知ったMarried Life代表・井野上純子さん。自分が受け取った支えを次の誰かへ渡す「恩送り」という考え方を大切にしながら、婚活者が一人で悩みを抱えず、家族という新しいチームを築いていけるよう伴走しています。

〈聞き手=笠原 佳介〉

今回話を聞いた人

井野上純子
井野上 純子

Married Life(マリードライフ) / 代表カウンセラー

埼玉県さいたま市の結婚相談所「Married Life」代表カウンセラー。秋田県の大家族で育ち、短大卒業後は栄養士として保育園に勤務。その後、母の介護などを経験しながら会社員として働き、現在は少人数制の婚活サロンで一人ひとりに寄り添った婚活支援を行っている。

人は、一人で生きているように見えても、人生のどこかで誰かに支えられている。

Married Life(マリードライフ)代表カウンセラーの井野上純子さんも、家族や親戚、近所の人たちに支えられてきた一人だ。

大家族の中で育ち、自然に助け合う人たちの姿を見てきた。母や祖父の介護を経験し、母を亡くした父にもう一度パートナーを見つけたいと考えたこともある。そして自身も、夫との出会いによって「安心して人に頼れること」の大きさを知った。

そうして受け取ってきたものを、今度は婚活する人へ渡している。

井野上さんが大切にしている言葉は、「恩返し」ではなく「恩送り」。

目の前の一人に渡したものが、その人からまた次の誰かへ渡っていく。そんな循環を、婚活支援を通じてつくろうとしている。

「助け合うのが当たり前」の中で育った

笠原

井野上さんは、どんな家庭で育ったんですか。

井野上さん

秋田の田舎で、かなりの大家族でした。

曾祖父、曾祖母もいましたし、祖父母もいて、親戚も近くに住んでいました。母が入退院を繰り返していたこともあって、家族だけではなく、親戚や近所の人にも本当に助けてもらっていました。

田舎なので、助け合うことが当たり前だったんですよね。

たとえば雨が降ってきて、近所の家の洗濯物が外に出ていたら、軒先に入れてあげる。誰かの家で何かあったら、周りの人が自然と集まってくる。

そういう環境でした。

笠原

家の中も、いつも人が多かったんですか。

井野上さん

多かったです。うちは祖父の関係もあって、しょっちゅう人が来る家だったので、家族だけでいる方が少なかったくらいです。

お盆やお正月になると親戚が30人くらい集まって、襖を外して二部屋をつなげて、みんなでご飯を食べるんです。

子どもにも役割があって、私はご飯の前にほうきで掃除したり、テーブルを出して拭いたり、配膳したりしていました。

人数が多いから、みんなでやらないと回らないんですよね。でも、それを「手伝わされている」とは思っていなくて、普通にやっていました。

笠原

大家族の中で、自然と「自分が何をすればいいか」を見るようになったんですね。

井野上さん

そうだと思います。

お客様が来た時も、お茶を出したり、熱燗を作ったり、「そろそろこれを持っていった方がいいかな」とタイミングを見たり。そういうことも子どもの頃からやっていました。

祖母からも、いろいろ教えてもらいましたね。

祖母は朝から晩まで本当によく働く人だったんですけど、「どうせやるんだったら、文句を言わないでやった方がいいよ。気持ちよくやった方がいい」ってよく言っていました。

悪口も言わない人でした。

そういう姿を見ながら、人としての土台を作ってもらったんだと思います。

笠原

当時から、人とのつながりのありがたさを意識していましたか。

井野上さん

その時は、当たり前すぎてわかっていなかったです。

田舎のお節介って、近くにいると「ちょっと面倒だな」と感じることもあるじゃないですか。

でも離れてみると、みんながみんなを心配していたんだなってわかったんです。

人とのつながりの中でずっと生きてきた。その経験は、今の自分にすごくつながっていると思います。

「一人でやるって、難しいんですよね」。介護を通して知った支えの大きさ

笠原

お母様の介護も長く経験されたそうですが、当時はどんな生活だったんですか。

井野上さん

仕事が終わってから病院に行っていました。

家から病院が近かったので、ご飯を食べて、お風呂に入ってから病院へ行って。父と妹と3人で寝泊まりしながら、3時間おきに母の介護をして、そのまま朝になったら仕事に行く、みたいな生活でした。

母が亡くなるまで、ずっとそんな感じでしたね。

笠原

仕事をしながらですもんね。

井野上さん

そうですね。でも母に関しては、思う存分介護できたので、そこに後悔はないんです。

結婚した後には今度は祖父が倒れたので、大阪から3カ月に1回くらい秋田へ戻って介護もしていました。

振り返ると、結構「介護人生」だったなと思います。

笠原

そういう時期を乗り越えるうえでも、周りの存在は大きかったですか。

井野上さん

ものすごく大きかったです。

介護って孤独になりやすいですけど、私の場合は親戚が病院に勤めていたり、周りに経験している人がいたりして、誰かが教えてくれたんですよね。

家族が亡くなった時もそうでした。

周りの人たちが集まって、食べ物を持ってきてくれたり、「これが必要だよね」と先回りしてやってくれたりする。

だから、すごく心強かったです。

本当に一人でやるって、難しいんですよね。

楽しい時は、一人でもそんなに問題を感じないと思うんです。

でも、自分に大変なことが起きた時に、助けてくれる人がいるって本当に心強い。

父が亡くなった時には実家もすでに売却していたので、以前のようにみんなが家に集まる環境ではなくなっていました。

そこで初めて、今まで当たり前にしてもらっていたことは、当たり前じゃなかったんだと気づきました。

「人との関わりって、すごく大事だったんだな」って。

だから今、会員様に対しても、私もそういう役割の人でありたいと思っています。

母を亡くした父に、もう一度パートナーを見つけたかった

笠原

お母様が亡くなられた後、お父様はどのような様子だったのでしょうか。

井野上さん

母が亡くなってから、父はずっと泣いていました。

仕事から帰ってきて、お酒を飲んで、仏壇の前で泣く。そういう日々が続いていたんです。

それを見ていて、私は父のパートナーを探そうとしました。

母の世代の方たちに私自身が可愛がってもらっていたので、「誰かいないかな」と自分で探していたんです。

笠原

実際に動かれていたんですね。

井野上さん

はい。でも、自分一人でやるとなかなかうまくいかなかったんです。

そうしているうちに、父は65歳の時に大動脈解離を起こして、自分で救急車を呼んだんですけど、亡くなりました。

その時に思ったんですよね。

あの時にちゃんと結婚相談所というものや、きちんとした仕組みのあるところにお願いしていれば、父はまた第二の人生を歩んで、こんなに早くお別れが来なかったんじゃないかって。

もちろん父にも持病がありましたし、簡単なことではなかったと思います。

でも、一人でいたくなかった気持ちはあったと思うんです。

だから結婚相談所を始めた時も、「父のような人を、一人でも減らしたい」という気持ちはありました。

笠原

お父様の経験も、今の仕事につながっているんですね。

井野上さん

そうですね。

今は実際に、婚活をきっかけにどんどん人生が変わっていく会員様を見ています。

明るくなったり、自信を持てるようになったり。

だからこそ、「あの時、父にもこういう場所があったら」と思うところはありますね。

人に頼るのが苦手だった私に、「安心して頼れる人」ができた

笠原

井野上さんにとって、結婚相談所を始めるきっかけになるような出来事は他にあるんですか。

井野上さん

夫との出会いが大きかったです。

もともと私は、昔から周りの人に頼ったり、弱い部分を見せたりするのは苦手だったんです。

人にはいろいろやってあげたいんですけど、自分から頼ることは苦手で、「迷惑をかけたくない」「弱い自分を見せたくない」という気持ちがありました。

でも夫に出会ってからは、その性格も変わりました。

不安な時でも安心していられる人、自分の素を見せられる人がいる。

親がいる時は、親がそういう存在だったと思うんです。でも親が亡くなった後も、夫や家族がいてくれる。

そこで、「安心できる場所があるって大きいな」と思うようになりました。

笠原

ご主人と出会ってから、人に頼れるようになったんですね。

井野上さん

私、交通事故にも2回遭っているんですけど、動けない時には夫に助けてもらったこともあって。

何でも頼める相手がいることの心強さは、自分自身がすごく感じています。

笠原

ご主人から影響を受けたことは、ほかにもありますか。

井野上さん

あります。

夫はずっと勉強を続ける人なんです。結婚する前から、自分で資格を取ったり、スキルを身につけたりしていました。

家族を一つの場所に住まわせたい、自分も家族と離れたくない。そのために、働く場所を自分で選べるような力をつけていったんですよね。

そうやって努力している姿を見て、

「こうやって人生って変えられるんだ」

と思いました。

自分で行動して、自分の人生を変えていく。その姿からも、すごく影響を受けています。

「私も、そういう役割の人でありたい」。婚活を一人で抱えないために

笠原

そうしたご自身の経験は、会員さんとの向き合い方にもつながっていますか。

井野上さん

つながっていると思います。

自分も一人では乗り越えるのが難しかった経験がたくさんありますから。

だから、婚活も全部一人で抱えなくていいと思っているんです。

迷った時に話して、一緒に整理する。自分では気づけなかったことに気づく。

そういう相手がいるだけでも違うと思います。

笠原

特に、交際中に迷いやすいのはどんな時ですか。

井野上さん

相手とのペースが違う時はありますよね。

相談所では複数の方とお付き合いできる期間もあるので、「早くこっちの人と進みたい」と思うこともある。

でも、そこで相手をせかしてしまうと、逆に「この人とは合わないかも」と思われてしまうこともあります。

私は、「待つ」っていうことも大事だと思っています。

笠原

「待つ」ですか。

井野上さん

待つっていうのは、信頼がないと待てないんですよ。

この人を信じていないから不安になる。不安だから、せかしたくなる。

ちゃんと自分の気持ちを伝えて、相手の気持ちも聞いて、自己開示しながら信頼関係ができていれば、待っている時間もそこまで不安じゃないんですよね。

ただ、何も説明がないまま一方的に待たされることとは違います。

「こういうところが不安だから、もう少し時間がほしい」とお互いに気持ちを伝えたうえで待つ。そのコミュニケーションが大切だと思っています。

「婚活すごいな」と思った。結婚相手を探す中で、人は変わっていく

笠原

これまで多くの会員さんを見てきた中で、特に印象に残っている方はいらっしゃいますか。

井野上さん

いますね。

最初はコミュニケーションが本当に苦手だった男性がいました。

お見合いをしても、「30分くらいでもう話すことがなくなります」「何を話したらいいんですか」と言っていた方です。

でも、いろいろな人と会って経験を重ねる中で、少しずつ変わっていったんですよ。

普通に1時間、2時間と話せるようになって、最後には半日一緒にいても楽しい、というくらいになりました。

お相手からも「コミュニケーション力が高いですね」と言ってもらえるようになって。

最初はそんなコメント、全然なかったんですよ。

笠原

徐々に変わっていったんですね。

井野上さん

そうですね。

すごく真面目な方で、「結婚したい」という目標に向かって本当に頑張っていました。

途中で結婚そのものが目的になってしまった時期もあって、夜中まで一緒に壁打ちしたこともあります。

一度、「純子さん、辞めます」と言って本当に退会したこともありました。

私は「休会でもいいんだよ」と言ったんですけど、ご本人は「一度区切りをつけたい」と。

そうしたら1カ月後に、「純子さん、入ります」って戻ってきたんです。

その1カ月で、それまでご家族と同居していたところから、一人暮らしの準備までして。

「もう一度やります」と再スタートしてからは早かったですね。

笠原

婚活に向き合うことで、生活そのものまで変わったんですね。

井野上さん

そうなんです。

しかも、婚活だけじゃなくて仕事にも変化が出ていました。

お見合いって、自分のことを相手に伝えたり、相手の話を聞いたりするじゃないですか。

それが仕事でも活きるようになって、転職やその後のキャリアにもつながっていった。

だから見ていて、

「婚活すごいな」

と思ったんです。

結婚相手を探しているんだけど、その中でコミュニケーション力がついたり、自分に自信がついたり、人生そのものが変わっていく。

今はご結婚されて、幸せに暮らしています。

家族は「チーム」。結婚相談所は、その土台をつくる場所でもある

笠原

井野上さん自身は、結婚した後の家庭がどんな場所であってほしいと思っていますか。

井野上さん

私は、家族って社会の中で一番身近なコミュニティだと思っているんです。

外ではいろいろなことがありますよね。

だから家では癒やされたり、安心できたりしてほしい。

それと同時に、お互いがお互いを盛り上げて、一緒にやっていける場所でもあってほしい。

そう考えると、私にとって家族は「チーム」なんですよね。

笠原

「家族はチーム」という感覚なんですね。

井野上さん

そうですね。

同じ方向を向いていくためには、自分の考えを相手に伝えられるか、相手の考えを聞けるか、違う考え方も認められるかということが大事です。

だから結婚相談所は、単に出会う場所だけではないと思っています。

出会いの場でもあるし、学びの場でもある。

いろいろな人と出会いながら自分自身も成長して、大切なパートナーを見つけていく。

その中で、「家族というチームを作るための土台」を一緒に作っている感覚があります。

笠原

実際に成婚された方の中で、家族ができていく過程が印象に残っている方はいらっしゃいますか。

井野上さん

最初に成婚されたお二人が印象に残っています。

お二人ともシングルマザーとシングルファザーの再婚だったんです。

お子さんの予定もあるので、二人でGoogleカレンダーを共有しながら、空いている時間を見つけて会っていました。

最初は、男性会員さんがすでに住んでいた家で一緒に暮らす予定だったんです。

でも、お相手のお子さんが小学校高学年で、「友達と離れたくない」という気持ちがあった。

それで、住む場所も変えたんですよ。

「二人だけの問題じゃないんですよね。お子さんがいると」

子どもたちの考えも含めながら、みんなが暮らしやすい形に調整していった。

そこにも思いやりを感じました。

笠原

二人で結婚を決めれば終わりではなく、そこから新しい家族を作っていくんですね。

井野上さん

そうなんです。

その人がどんな家庭を作りたいのかは、それぞれ違います。

だから、そこをちゃんと話しながら、その人たちなりのチームを作っていけたらいいと思っています。

二人がつながると、「味方」と「居場所」が増えていく

笠原

成婚された方とは、その後も交流が続くことが多いんですか。

井野上さん

そうですね。結婚した後もお会いする方はいます。

お話を聞いていると、「家族の形ができてきたな」と感じることがあるんです。

お子さんがお相手の方に相談するようになったり、お相手のお子さんのことを自分のことのように大切にしたり。

二人の信頼関係だけじゃなくて、家族全体がチームになっていくんですよね。

それに、ご縁って二人だけでは終わらないんです。

結婚すると、その先のお父様、お母様、親戚ともつながっていく。

両方のご家族と仲良くなって、一緒に遊びに行ったり、ご飯を食べたりしている姿を見ると、

「またそこで味方がたくさん増えて、居場所が増えていく」

って思うんです。

それが、すごくあったかいなと思います。

笠原

パートナーが一人増えるだけではなく、その人を通して人とのつながり自体が広がっていく。

井野上さん

そうですね。

喜んでくれる人が増えるし、助けてくれる人も増える。

自分も、その人たちのことを喜ばせられる。

そうやって居場所やつながりが増えていくことは、人生を豊かにしてくれると思っています。

目の前の一人から、また次の一人へ。「恩送り」のバトン

笠原

ここまでお話を聞いていると、ご自身が周りから受け取ってきたものを、今度は別の人へ渡しているようにも感じますね。

井野上さん

そうですね。

私は両親や祖父母、周りの人たちにすごく支えてもらってきました。

だから、自分がもらったものを次の人に送っていきたいと思っているんです。

それが自分に返ってくるかもしれないし、子どもに返ってくるかもしれない。孫かもしれないし、夫かもしれない。

誰に返ってくるのかはわかりません。

でも、そうやって巡っていくのが人生の循環なんじゃないかなと思っています。

笠原

そこで「恩送り」という考え方につながるんですね。

井野上さん

そうなんです。

自分が目の前の一人を幸せにすることで、その人がまた別の誰かに何かをしてあげる。そうやってバトンが渡っていって、回り回って帰ってくる。

私は、そういう「恩送り」をしていきたいんです。

婚活を通じていいご縁をつないで、その人が幸せになって、また誰かに何かを渡していく。

私がお伝えしたことを誰かに伝えて、その誰かがまた幸せになっていく。

そういう循環を、作り続けていきたいと思っています。

受け取ったものを、自分のところで止めない

井野上さんの婚活支援の原点には、自身が人に支えられてきた人生がある。

大家族の中で当たり前だった助け合い。介護の中で知った「一人では難しい」という実感。母を亡くした父に、もう一度パートナーを見つけたいと思った経験。そして、自分自身も夫との出会いによって、安心して誰かを頼ることを知った。

だから今、一人で婚活に悩む人のそばにいる。

ただ相手を探すだけではない。人と向き合う中で自分自身も成長し、お互いの考えを伝えながら「家族というチーム」をつくる。その先で、新しい味方や居場所が増えていくことを願っている。

支えてもらったことも、教えてもらったことも、自分が楽しいと感じたことも、自分のところで止めない。

目の前の一人へ渡し、その人からまた次の一人へ。

その小さなバトンをつなぎ続けることが、井野上さんにとっての「恩送り」であり、Married Lifeの婚活支援にも流れている。

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